The Wolf of Roppongi Street ~ウルフ・オブ・六本木ストリート~

駐妻には負けない!六本木通りの狼になりたい駐夫(ちゅうおっと)による金融、トライアスロン、シンガポール、グルメのブログ。

社畜とイスラム国の類似性について

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過酷な生活、残忍すぎる現場の実態を経験して母国に逃げ帰る外国人イスラム国兵士が増えている、またそういった人たちが途中で捕まって処刑されているといったニュースを見ました。

そもそも先進国で育って、教養もあり、そのまま暮らしていればある程度何でも手に入るような生活ができる人がなぜわざわざ好き好んでイスラム国なんてものに参加しにいくのでしょうか?

「民主主義」というシステムは人々に「自由」を提供します。この「自由」はおそらく人類史始まって以来の圧倒的なものです。どこに住もうが、何の仕事をしようが、誰と結婚しようが、一晩中ゲームをしようが、風俗に行こうが、法に触れない限り何をしてもよいわけです。ただし、当然ですが「やってもよい」ということと「できる」ということは異なりますし、さらには他人・社会からの評価は法律とは別問題です。

毎日3万円のグランメゾンでお食事してもよいに決まっています。誰も文句は言いません、代金を払えるのであれば。

あなたがいくら太ろうと醜かろうとそれはあなたの自由です。モテなくなるけど。

民主主義はあなたに自由を与えます。しかしその自由は資本主義と隣り合わせであり、実質的に制限されているのです。

もちろん我々には職業選択の自由もあります。好きなように仕事をして、好きなように稼いで、好きなように使ってよいのです。

セックスアンドザシティーの女性たちはかっこいいですよね。まさに自由を謳歌して人生を楽しみきっています。

しかし果たして我々全員にその能力があるでしょうか?

自由と隣り合わせにある選択、その選択がもたらすリスクとリターン。

確実に民主主義&資本主義に合わない、なじまない層の性格は存在するはずです。

「お金がないと好きなことができない、お金を得るためにはリスクとリターンを考えて職業を選択し、継続しないといけない。失敗したらホームレス、社会不適合者。服を選ばないといけない。趣味を選ばないといけない。どれを選んでもいいけど、間違ったやつを選ぶとモテない。

なんなんだこれ、誰かが制服を決めて、お見合いでみんなが結婚できるようにしてくれればいいのに…国がしっかり計画を作って仕事を割り振ればいいのに…」

生活の隅々に至るまでが規定されたイスラム国の厳格な規律は、ある意味人々をこういった選択のプレッシャーから解き放ちます。

圧倒的強者に従う喜び、悩まなくて良い幸せ・・・私個人としては非常にグロテスクに感じますが、これらを感じる人々が存在するということは容易に理解できます。

新興宗教に通ずる部分もあり、教養のある人々でさえも取り込まれてしまうのでしょう。

 

翻って日本。

自由なはずなのに、なんでみんなスーツを着て、早起きして電車に乗って、夜遅くまで無駄に会社に残って、飲みながら愚痴を言ってるんですかね?

というかなんでみんな会社員なんですかね?

そもそもがだめすぎるので一発勝負で逆転を狙うことが合理的行動になっている底辺以外の非会社員率の低さ。

人間てやはり自分の中で無意識に期待効用計算をして、合理的な道に進んでいくと思うんですよ。

年収300万円とかで毎日働いてアップサイドありますかね?ほぼないですよね。

「やっぱり福利厚生があるから」「仕事の後のビールがうまいから」「職場で重宝されてるから」、色々と言い訳をつけて続けるわけです。

これってやはり非経済的効用がそこにあるからなんじゃないかなと思うわけです。

つまり、被支配欲求というか、思考停止したいという願望です。

お金のために働いてると言いつつ、お金はもらえないけど9時5時だしとか言ってみたり、日本のOLさんはかなりこれ多いんじゃないかと。

 

イスラム国そのものが日本に普及するとは思えません。

ただ日本人の精神構造を鑑みると、対岸の火事ではないなと。

人類史上初の究極の自由、時代に感謝しつつ、最大限に楽しんでいきたいと思います。

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